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2014.12.18 (Thu)

「作者は何を言いたかったのか」みたいなことがない

<明日は澄まし処>
くらすばタテルカ・お菓子の家づくりが延期になったので
ちょっと昨日のことを書きます。
それから、散歩に行こう(^^)!!!

昨日は「二人澄まし処」でした。
(グループでやっている澄まし処をお休みした方と二人で行うレビュー)。

「澄まし処」のレビューは、現れた言葉を丁寧になぞっていきます。
(現れなかった言葉や、そもそも、その言葉を発した「語り手」そのものに
敬意を払いながら…)

文字になっていないものが私に見えていて、
それを伝える、っていうものじゃないので
そのことは私にとってはとても「現実的」な感じがしています。

そんな話をしてました。

相手の方はいつも味わい深い言葉を下さる方なのですが
昨日はこんなことをおっしゃっておられました。

「国語のテストで〝文章を読んで作者の思いを答えよ”みたいな、
書かれていないことを問う問題があるけど、澄まし処はそれじゃあないよね。
現れているものを、そのまま、聴いて、読みとくってこと」

なるほど、と思いました。
作家自身がそんな問題を解いてみて
「いやいや、この正解、違うデショ!!」ってことがあるって
いつかエッセイで読んだ気が…^^。

一方で、見えていなかったものが見えてきた気がする、っていうことも
昨日の方はおっしゃられて、それはこんな感じ…。

実際にそこにあって、視界に入っていたのに、見えていなかったものが
見えてくる。

たとえば、今私は市民記者のオシゴトで野鳥観察のことを
書いてるのですが、野鳥の写真を撮ろうと思って道を歩くと
急に鳥の鳴き声が耳に入ってくるし、
鳥を追う目、集中力はいつもとは全然、違ってきます。
いつもの道なのに。

その意味で「見えていなかったものが、見えてくる」感じなんです。



14:23  |  聴く
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