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2011.04.12 (Tue)

ふれること

震災から一カ月がたちました。
その間にずっと余震があって。
先日の大きな余震のあとに連絡をとった
宮城・岩手の友人たちは皆、
「また振り出しに戻ってしまった」と。
やりきれなさを感じます。

なのに「心配かけてごめんね」という、
なんにも役に立てない、こちらへの心配りの言葉が
ともにあるのです。

友人たちのもとに行って
友人たちに触れたい、と思います。

そんな習慣はその頃の私たちには
全くなかったけど、
ハグしてそのあったかさを感じあいたい。

そうそう、ハグはしなかったけど、
おにごっこしてタッチしたり、
馬乗り遊び(馬になっている敵の上に飛び乗って崩す!
相当激しかった^^!私はかなりのおてんばでした)
だったり、もちろん手をつないだり…
たくさんたくさん、体に触れていた、と思います。
そんな友人たちだったんだなあ。
書きながら泣けてきます。

三砂ちずるさんの『タッチハンガー がんばりつづけてなお、満たされないあなたへ』
(マガジンハウス2009)という本が
本棚でふと目についてパラパラと再読。

著者は「ふれてもらえなかった思いのつらなり」を
タッチハンガーと呼んでいます。

「わたしたちは、世代全体として、抱きとめられていない。
 そう思えば、あなたも、あなたのとなりにいる友人もお父さんもお母さんもやさしくふれられることを望んでいるのがわかります。またねって言うかわりにそっと相手にふれられないでしょうか。ああ久しぶりと相手のからだを確かめられないでしょうか。お互いにやさしくふれあうことができてタッチハンガーが満たされて、やっとわたしたちはゆたかなセクシャリティーの世界と幸せな恋愛へと踏み出すことができるのかもしれません」p8


続いて『詩と死をむすぶもの 詩人と医師の往復書簡』谷川俊太郎・徳永進(朝日新書2008)も
目について読んだところが、
触れること、についてのことでした。

死ぬ前に息子に話がある、と言って息子をよんだ、おばあちゃん。
息子といっても65歳。
話というのは既に何度も話していたことで、
実は、「息子の手を握っておきたかった」と。

再び『タッチハンガー』の、最後の文章。
p233「ふれてもらえなくてつらい思いをしたけれど、でも、目の前にあなたがふれてもよい人がいるならば、あなたにふれてもらうことを望んでいる人がいるならば、勇気を持ってふれてください。誰かにふれることで、実はあなた自身がその人によってふれられてもいる。勇気を持って手を伸ばすことで、その人のぬくもりを感じることで、あなた自身がふれられている。生きているからだを十分に感じることで、やっと、わたしたちは死をおだやかに受け入れていく準備が整うのかもしれません。
 ふれることは生きるということ、そして死を受け入れるということ。タッチハンガーを満たしていくことは、よりよく死ぬということ。そういうことかもしれないと今は思っています。」

ことしのmyテーマ「からっぽのからだ」とも
つながっていて、いろいろな思いが交錯します。

いつか、私の故郷の一つ、宮城へ。
そして友人や、新しい友人たちに触れたいと思います。
根無し草のようにおもっていた私の
引っ越し人生が、
ガジュマルのように、たくさんに根を張った
ちょっと力強いイメージにかわってきました。
06:25  |  東日本大震災
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