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2011.07.07 (Thu)

「成長」「明日は今日より」

6月12日の中国新聞にコラムニストの天野祐吉さんが 
「成長」の看板掛け替えを、
というタイトルで大震災と原発事故について書いていました。

 「経済成長こそ、すべてに優先するテーマであり、
  それなしに豊かな生活はありえないことになっていた。
  一にも成長、二にも成長、とにかく、成長は絶対的善だったのである」

…私はこの時代の雰囲気に
足の先から頭のてっぺんまで浸かっていて、少し前まで
人間に対しても、その人の成長を見ることが喜び、
というふうに見ていました。

けれども最近なにか違和感を感じていて。

成長しないことって、そんなに悪いことなんだろうか?

成長のレールにさまざまな理由で乗れない・乗らないけれど
幸せってことだって十分ある。

天野さんは、自分自身が原発のない暮らしをとる、と
明言したうえで

 「成長」を追い続ける社会は、必然的に巨大化し、
  暴力化し、人を人としてよりも「物」として、
  あるいは「数字」としてしか見ないようになる。

  原発はそんな暴力化の象徴的な存在だろう。
  原発に潜む危険よりも、成長をやめる危険のほうが、
  成長派のひとにとっては大きいのだ と書く。

今日の中国新聞は大阪大学長の哲学者鷲田清一さん。


  おかしくなったのは「明日は今日より良くなる」という
  感覚を、基本的に明治以降ずっと持ち続けてきたからです。
  「縮小する」、という知恵を、一度も蓄えてこなかった

  右肩上がりの幻想とお任せの構造によって、われわれが近代の、
  150年かかって喪失してきたものを取り戻すのは大変なことです。
  でもやらないとどうしようもない。

明日のほうがいい、未来のほうがいい、という
のは、日本人の考え方として、古来からずっとあったわけでは、
ないのですね。

縮小する、という「知恵」。

また、未来のために今を生きる、というのではなく
瞬間瞬間を生きる、生き切るということ。
自然災害(飢饉なども)の多い日本で
幸せに生きるということの考え方は違っていたのでしょうね。

一期一会という言葉も、浮かんできます。
簡単には用いることができない言葉ですが
心にずっと止めておきたい言葉です。
01:09  |  徒然
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