2017年08月 / 07月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫09月

--.--.-- (--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--:--  |  スポンサー広告

2011.11.28 (Mon)

『この世界の片隅に』こうの史代著

呉YWCAからの帰り道、お借りした漫画を
必死で涙がこぼれないようにしつつ読みふけっていました。
呉と広島の戦時中のお話。

大好きな呉線の海の景色を見ずじまいであっというまに
広島についてしまいました。

YWCAの木造の面白いデザインの建物の写真はまた
ご紹介したいのですが、
その漫画『この世界の片隅に』(下)にでてくるセリフ。

「生きとろうが死んどろうが、
 もう会えない人がおって、
 ものがあって、うちしかわからんその記憶がある。

 うちはその記憶の器として
 この世界に在り続けるしかないんですよね」

呉での空襲で、
手を引いて歩いていた姪っ子を、
自分の右手とともに失った主人公の言葉です。

人は器ではないか、っていうことが
気になっていて、

物事を受け入れたり、受け入れられなかったり、
する人間は、器みたいだと思っていましたが

記憶の器、という言葉も心に響くものがありました。

罪悪感や後悔でもう死んでしまいたい、と思っても
自分が記憶の器であると思えば、
生きていく価値がまた見出されるように思います。
15:38  |  器のからっぽ
 | HOME | 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。