2017年08月 / 07月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫09月

--.--.-- (--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--:--  |  スポンサー広告

2012.04.26 (Thu)

声が聴こえる

私は文章を読むとき、声を聴いています。

今『この人から受け継ぐもの』井上ひさし 岩波書店 を
読んでいて、そんな言葉にあいました。

宮沢賢治についての章。

「賢治の研究家である天沢退二郎さんのおっしゃるには、
賢治の童話からは声が聞こえるということです。これは、いい作家の条件です」
「われわれ読者は、宮沢賢治の声をいつも聞いているのです」p45

そうそう。そうだなあと思います。

とても興味深いことがいろいろ書いてある本です。

「多面体としての人間」p52

「これは賢治が羅地須人教会でしきりにいっていることですが、
百姓はただ土を耕しているだけではだめであって、
同時に芸術家でなければいけない。さらに同時に宗教家でも科学者でもなければいけない
ということを、手を替え、品を替えいっています。」
「そういった生き方の転換は今立っている場所でやらなければだめなのです。」

「宇宙論といいますか、世界観といいますか、小さな花びらのなかにひとつの宇宙があって、その花びら自体も宇宙の一部であるという考え方があります。『全てはひとつで、ひとつは全てだ』という思想ですが、それは普遍文化と足元の生活の関係にもおきかえられます。」

以下は同じ章の中で語られる、井上ひさしのユートピア論です。

いわゆるユートピアは大嫌いだ、なぜなら平等を求めて全体主義国家になるから。

ただ、成立可能なユートピアは「時間のユートピア」である、という話。

「よくあることですが、たまたま友達が集まって、時間を忘れて話に熱中することがあります。この『時間を忘れる』というのが、ぼくが考えるユートピアの最初の条件です。」
「この場合、大事なのは時間であって、場所はどこでもかまわないのでう。それは、ある人たちが『今日ここをユートピアにしよう』なんていって集まったって、絶対にだめなのです。」

「簡単にいいますと、演劇という装置は人を集めて時間のユートピアをつくりだし、その宇宙で一回だけの集まりが毎晩できてはこわれていくというものだと思うのです。そのできてはこわれていくというところに、私は非常に生きがいを燃やしています」

「彼が農民を集めて講義をしたり、弦楽四重奏団をつくろうとしたり、芝居をやろうとしたというのは、やるもの自体より、人が集まってきて、そこにできてくるなんともいえない『おまえも人か、おれも人だ』というような確認からはじまる、人だけがつくりあえる理想の時間に非常にあこがれていたのではないか、という気がします」

======================
『おまえも人か、おれも人だ』というような確認からはじまる、人だけがつくりあえる理想の時間

私も、憧れます。

13:07  |  聴く
 | HOME | 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。