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2012.06.12 (Tue)

日本文化数千年の心身の知恵

20日の彦根の「はなす・ま」について
橋本久仁彦さんがアナウンスメールやフェイスブックでご紹介くださいました。

吉橋の、というより「聞く」という行為を行う
方々について、の文章。
すごい迫力に圧倒されました。

感謝とともに、このブログにも掲載させていただこうと思います。

============橋本久仁彦さんのご案内より

日本語で言う「聞く」という行為は、
我々、普通の生活を日々生きて死んでいく民草にとって、
誰にとっても深めるべき道となり、彼岸へ抜ける救いとも
なりうる日本文化数千年の心身の知恵だと思います。


借りてきた名前や、底の知れた専門性を掲げず、
ただ生まれ持った自らの耳と目に一途な真剣さを込めて
人に向かう姿勢を持つ人に、僕は信頼感を覚えます。


以下のご案内は、
現代に新しい形で蘇った「聞く」芸能の道の一つです。


このような、ただありのままの自分自身とともに、
「聞かせていただく」懸命の姿勢で眼前の人に向かうことで
自らの道行きを深めて生きる「道々の者」が、
次々と名乗りを上げ、蘇り来る動きに静かな興奮を覚えます。


ここにまた一人、吉橋久美子氏の道行きの姿、

「全国を旅する親子のように、
私も、あちこちで、縁ある方々の
「カタリコベヤ」を建築したいなあと夢見ています。」


をご紹介出来ますご縁を心よりうれしく思っています。


             傾聴道草愛好家  はしもとくにひこ​        




====「はなす・ま」(リスニングセッション)のお誘い===​=

                   くらすば・吉橋久美子
             http://space.geocities.jp/​clas_ba

15分間、聴き手となってあなたのお話を聴かせていただきます。
そのお話を、テープ起こしをして、小さな冊子にしてお返しします​。

<日時>6月20日(水)
  13時~14時の回、14時~15時の回、15時~16時の​回
  お一人ずつ別々にお話しを伺います。
<場所>「ほっこりカフェ朴」さんにてhttp://moku.hacca.jp/
<定員>3名
<費用>3,000円+1ドリンク代
<締切>6月17日(一応…^^)
  
  彦根は、少なくともあと2回、伺う予定です。
  今回日程が合わないけどちょっと興味アリ…の方も
  ご連絡くださいね。
  すみませんが次回以降、交通費の一部(1500円)を申し受​けます
<お申し込み> 
  「はなす・ま」セッション申し込み として吉橋へ clas​_ba@ybb.ne.jp

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

作家小川洋子さんの作品に
「六角形の小部屋」というお話があります。
(『薬指の標本』新潮社所収)

その小部屋は「カタリコベヤ」。
ミドリさんという女性とその息子ユズルさんという青年が全国を旅​し、
「その町の空き家や、廃校になった小学校の講堂や、
潰れたマーケットなんかを借りて、部屋を置かせてもらって」いて​、
主人公の「わたし」のまちでは、
雑木林の向こうの社宅群の中、
「社宅管理事務所」にその部屋があります。

ーーーーーーーーーーー
「あの六角柱がカタリコベヤなんですね。で、そこで何をするんで​しょうか?」
「語るのさ」
余計な飾りをつけず素直に、彼はその言葉を口にした。
「好きなこと嫌いなこと、心の奥に隠したもの隠しきれないもの、​迷っていることうれしいこと、昔の話先の話、真実出鱈目、とにか​く何でも構わない。その時自分が望むことを語るんだ」
ーーーーーーーーーーーp128

カタリコベヤには聴き手はおらず、一人で語るのですが
「はなす・ま」(リスニング・セッション)も
そのようなイメージです。

もちろん小部屋を持っていくわけではありません^^。
「傾聴」という態度をもって、
カタリコベヤのような空間を、できうる限りの誠意をもって、
建築させていただきます。

先日「傾聴大工・橋本久仁彦さんに伺う「傾聴空間建築論」」とい​う
場を持たせてもらいました(フェンスワークスさんと共催)。

橋本さんは、傾聴することを、なぜ「建築」とおっしゃるのだろう​…
以前から疑問でした。

以下は、私の理解なのですが…

橋本さんのおっしゃる意味での「傾聴」をすると、
聴き手は、話し手の言葉をそのまま聴くという態度により、
話し手の「言葉の構造」を壊さずに、共に居られる。

「言葉」の背景には、
その言葉を生み出す内面世界があり、
(それは個人だけでなく、民族、のようなものも含めてとてつもな​い)
「構造」があるっていうことは
そこには空間があるということで。

だから、傾聴大工、なんですね。

その構造を壊してしまうのは
戦争のような、征服するような行為だと。

(橋本さんのお話には、そこにもう一つ「思考」という
すごく大事なキーワードがあったのですが
このことを語るのはもう少し自分の中で
熟成させる時間が必要なようです。)

全国を旅する親子のように、
私も、あちこちで、縁ある方々の
「カタリコベヤ」を建築したいなあと夢見ています。

その第一弾が、彦根で実現することになりました。

よろしければ、ご一緒させてください。
他の地区でも、何人かのご希望があれば、
馳せ参じたいなあ、と思っています。
どうぞよろしくお願いいたします。

===============ご案内は以上です====

10:56  |  聴く
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