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2010.02.11 (Thu)

『おさなごを発見せよ』

実家の書棚から持ってきた本にも
器についての言葉がありました。

『おさなごを発見せよ』羽仁もと子 婦人之友社

p85~
「まず第一に思うのは、人にはそれぞれの器があります。そしてその器はゴムのようなものでしょう。教育の力である程度までひきのばすことができます。
~。
そのゴムののび得る度合いに満足しないで、なおその上にひきのばそうとするならば、その器はついにやぶれなくてはなりますまい。その教育につとめないならばやっと五合の水を容れるべき器でも、よい教育をほどこすことによって、七合または八合の水をいれる器とすることができます。しかも、もともと五合七合の器に一升乃至二升の水をいれようとして引き伸ばすのはむりです。引きのばしすぎて破れた日には、七、八合の水はおろか一合の水すらもいれておくことができないものになります。
~。
もっともよい教育は、わが子の器と性質にもっとも適した教育をほどこして、小さければ小さいなりに、大きければ大きいだけに、そののびうる極度までのばすことにあるのです。必ずしも出来上がった器の大小によって、教育の価値の定まるものではありません。」


“わが子の器と性質にもっとも適した教育をほどこして”…子どもの器を親が判断できるんだろうか!?ってところでちょっとピタッとよりそえないところもありますが、なるほどなるほど、の考え方です。明治41年にかかれたもの。


16:47  |  器のからっぽ
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